鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:楽園のカンヴァス

 

著者:原田マハ

出版社:新潮社

 

 ”また原田マハやん”と思われるかも知れませんが、連続です。ヲタク気質の癖で、いったん気にいった作品を見つけると、その著者の作品をかたっぱしから読みたくなります。特に原田さんの作品は自分を芸術の世界へと連れて行ってくれます。作品が制作された当時の空気感や、物語が展開する作品に囲まれた世界の雰囲気を存分に感じられる没入型の作品なので、いったん読むと癖になってしまうのです。

 余談はここまでにして、そろそろ内容に入りたいのですが、今回は「アンリ・ルソー」に焦点が当てられています。そして順番前後して読んでいるのであれですが、主人公は「暗幕のゲルニカ」にチーフ・キュレーターとして登場した人物です。

 

あらすじ

 ルソーに心を奪われ、翻弄される人達の物語。ティム・ブラウンはMoMAの敏腕チーフキュレーター、トム・ブラウンの下で働くアシスタントキュレーターでした。彼は学生時代、ハーバードでルソーについての研究を主としており、来るルソー展に向けて着々と準備を進めていました。そんな彼の元に謎の美術コレクターと噂されるバイラーの元から、世の中に出ていないルソー作品があり、それを見てもらいたいと招待を受けます。しかし、ティムは未だに名の知られないキュレーターであり、以前から一文字違いのトムと間違われることがよくあったので、同様に間違いだろうと結論づけます。それでもルソーの研究者として好奇心に駆られた彼は、自分をティムと偽り、バイラーの待つ地へと向かいます。

 現地で彼を出迎えたのは、ルソーの代表作である”夢”と似ても似つかぬ作品。そして、彼同様に招待を受けた日本人のオリエ・ハヤカワでした。二人にバイラーから提示された条件は”ある物語を読み、その作品の真贋を見定めること”でした。

 

感想

 実在していないはずの作品、人物、そして物語がルソーという画家を掘り下げ、際立たせていました。絵を描くことに人生を捧げてしまったが故に、茨の道を進む事になったルソー。そして当初は懐疑心を抱きながら次第に歩み寄るヤドヴィガ。全ての物語が最後に繋がった瞬間は鳥肌ものでした。

 ルソーを愛するティムと織絵の対比的な描写と2人の関係も面白く、物語にエンターテイメント性を加えていました。ルソーに対しては並々ならぬ熱意と知識を持ち合わせながらも、どこか抜けているティム。それに対して、常に冷静で思慮深いが同じくルソーの研究者としての誇りと強い意志を持つ織絵。この二人が冒頭では火花を散らし会いながらも、物語の終盤に向けて打ち解けていく様子は、「美術作品は人を繋ぐ事ができる」という言葉を意識させてくれました。そんな事もあってか物語の最後の方には両方を応援している自分がいました。

 正直終わり方としては「暗幕のゲルニカ」と同じ感想で、もうちょっと後日談があってもよかったと思いますが、そこまでいくとただダラダラした感じになってしまうのでちょうど良かったのかも知れません。他には、上にも記しましたが「暗幕のゲルニカ」であまり注目されていなかったティムの過去が知れた嬉しさもありました。贅沢を言うとこの後の織絵やその家族の話も読んでみたいなとは思ったのですが...

 

 今まで読んだ著者の作品で登場したゴッホピカソに比べると、ルソーは全く知らなかったので、グーグル大先生で出自や作品を調べつつ読みました。その度に、著者の物語を作り出す力には舌を巻きます。よくこんな話を書けるなという感想の連続です。(前も言った確か)そしてなんと言っても没入感がすごい、作中でヤドヴィガがルソーの森の中に迷い込むシーンがありますが、自分は著者の作品の中に連れ込まれていました。(これも前も言ったかな)目の前には世間から評価されず苦しむルソーがいて、困惑するヤドヴィガ、ほくそ笑むピカソがいました。これを7章程度の短い物語でやってしまうのだから本当にすごい。

 読みながら、恐らく筆者の中ではピカソの存在が絶対的なのだろうなぁと思いました。ルソーの物語でありながら、圧倒的な存在感を放っていたピカソ。作中において彼の存在が、ルソーに”夢”を描き上げさせ、またティムの放った説もあながちありえるのではないかと思わせてくれました。審美眼と美への揺るぎない信念を持ち合わせたピカソ、ルソーだけでなく彼にも改めて魅了されることになった作品でした。

 

(読了日2020・5・6)

 

表紙画像https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/514hNRNfGSL.jpgから引用