鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:サロメ

著者:原田マハ

出版社:文藝春秋

 

 またまた原田さんの作品です。最近影響受けすぎて、西洋画や西洋美術史もちょっと勉強しようと思い立ったくらいです。大学生の間は美術館もただで入れるので(常設展は)、学生最後の年にそういった恩恵も受けとこうという貧乏人根性もあります。笑

 さて「サロメ」についてなのですが、戯曲なんですね。相変わらず無知な自分なので、今回も読み進めながらいろいろ調べたりメモったり勉強しながらの読書になりました。ただ著者の文体や構成にも慣れてきたので、非常に楽しく読み進められた作品です。どぞ。

 

あらすじ

 物語はロンドンに住む中流階級の女性、メイベル・ビアズリーの視点で語られます。彼女には結核を煩い、病床にありながらも絵を描くことにおいてはとても優れた才能を持つ弟がいました。その弟の名前は、オーブリー・ビアズリー、のちに戯曲「サロメ」の挿絵で時代に爪痕を残すことになる画家です。

 オーブリーは姉メイベルの力添えもあり、当時世間を風靡していた戯曲作家のオスカー・ワイルドと出会います。ワイルドはオーブリーの才能を見抜き、次第に二人で仕事をこなすようになっていきます。そして姉のメイベルは、そこに官能的で危ない匂いを孕んだ関係性の存在を感じ取り、弟をワイルドから引き剥がそうと試みるのですが... 

 

感想

 まるで劇を観たかのような気分になり、とても面白かったです。体感的には、戯曲「サロメ」をなぞったなという気持ちを抱きました。「未必のマクベス」で早瀬さんが「マクベス」を下絵にしたように「サロメ」が下絵にされていたんだなという作品でした。(タイトル的にそうやんとかではなく)ただこの物語では作品の展開よりも挿絵や人物像に焦点が当たっていたので、読み進めていく中で、”実はこの物語自体がサロメやん!”とようやく気づいたいう感じで、割とトリッキーでした。その分、終盤の展開が怒涛で一気に読み切ってしまいました。

 

 冒頭と最後では、それぞれの登場人物へ抱く感情がガラッと変わりました。最初は、病弱な弟オーブリー、献身的な姉のメイベル、周囲の人間を顧みない悪童ワイルドといった感じでしたが、途中からメイベルが止まらなくなります。そして物語が献身的に弟を支える女性の物語から、メイベルを中心とした「サロメ」へと変貌を遂げていきました。異常に弟を可愛がるメイベルの、弟の心を掴むワイルドへの嫉妬なのか、最高峰の領域で芸術と向き合う二人への嫉妬が原因なのか、それとも純粋に弟を守りたいのか、とにかく彼女が恐ろしくなってくる。ダグラスとの出会いで変わり始めた彼女こそが<運命の女:サロメ>だったのだと確信したのは喀血したオーブリーの血を口に含んだときの表現でした。それ以降は急速に、かつ確実にメイベルの存在が、<サロメ>と重なっていくようでした。

 作品の仕掛けに気づいた時は鳥肌ものでした。メイベルがサロメなら、いったいヨカナーンは誰なのか、ヘロデ王は、ヘロディアは、といった感じで急にエンジン全開で頭の回転を巡らせていました。最後の章は全てがサロメの如く美しく収まってしまったといった感じでしょうか。”この物語の主人公はオーブリーでもなければ、ワイルドでもない、私なのだ”というメイベルの心の中の声が聞こえてくるようでした。後から思うと物語の中で一番の地獄を経験したのはメイベルだったのかもしれませんね。病弱の弟の為に体を使ってまで支えようとしたのに、当人は姉の忠告も聞かずにワイルドにゾッコンになってしまう訳なので。

 

 シーンが変わる度に挟まれる黒の見開きも良い仕掛けだなと思いました。最初は、何度も描写されるヨカネーンの黒い血を表しているのかなと思っていました。ただ読み終わって改めて考えると、あれは「地獄」を意味していたのかもと思います。芸術を志す彼らからしたら、地獄とは全てが無になってしまう場所のことを指すのではないかと、視覚も聴覚も及ばない無の世界が彼らにとっての地獄。そしてシーンが移り変わる時も、登場人物の誰かしらが困惑に囚われて頭の中が真っ白に(この場合真っ黒ですが)なる様子をも表していたではないでしょうか。深読みのしすぎかもしれないですが、僕自身地獄が存在するとしたら”永遠に続く闇”だと考えているので割といい線かなとも思ったりしています。

 

 全体的に今まで読んだ原田さんの作品とはちょっと違うなぁとも思いました。今までの三作は取り扱っていたのが画家と絵画の作品その物で、物語には著者の想像力が入り込む余地が大いにあり(というかほぼ創造しないと結びつかないので)非常に魅力的だったのですが、今回は「サロメ」に寄せようと囚われてしまったんじゃない感を垣間見た気がしました。とはいっても、著者が書いた作品の順番的にこの作品が初期の方なので、”前のに比べて〜”というのはお門違いなのですが。

 

 何はともあれ、戯曲「サロメ」も見てみないと...

 

(読了日2020・5・9)

 

表紙画像https://b-bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/8/8/480/img_8892a7dc8e4e22d31bf0e96db89a4eac578813.jpgから引用