鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:パレートの誤算

著者:柚月裕子

出版社:祥伝社

 

  久し振りに読んだ刑事物のミステリー小説です。(厳密には主人公は刑事ではないですが)こういう系の本は単に浅い嫉妬や憎悪が動機になったり、いかに刑事が有能でかっこいいかなどの作品が嫌で忌避しているのですが(THE偏見)、今回はテーマ的に社会問題にスポットをあてているのと、タイトルのパレートに惹かれたので手に取りました。ちなみにミステリー物でも、何か要素を絡めていたり、人間の感情や生き方の本質をつく系の話は大好きです。社会学者パレートをどう使ってくるのか興味深いなあと思いつつ読み進めていきました。

 

あらすじ

 主人公は牧野聡美、ケースワーカーとしての仕事の初日に彼女は同課の先輩である小野寺と共に生活保護受給者の家を回っていました。時を同じくして、所内で羨望の眼差しを向けられるベテランケースワーカーの山川が焼死体として発見されます。後日捜査一課刑事の若林から、当時の状況から推測すると、山川は何者かに殺された可能性が高いという事を知らされます。火事で散り散りになった生活保護受給者を尋ねる中で牧野と小野寺は、事件の背後にはヤクザ絡みの不正受給が事の発端になっているのではないかと推測します。独自の調査を続ける中で明かされる山川の秘密。そして事を荒立てたくないと圧力を掛ける市役所の上層部。様々な人たちの思惑が絡み合いながら物語は進行していきます。

感想

 総合して、今の社会問題を露骨に反映させたようなミステリーでした。まずは都市集中する人口に対して、高齢化が進む地方都市。そして生活保護受給の実態として、逼迫される地方役所の財政。その裏には労働可能でありながらも労働に従事しない人間や、ヤクザが展開する貧困ビジネスがありました。自分は詳しく現状は知らない物の、いざ蓋を開けてみるとこんな現状が蔓延っているんだなぁと思わずにはいられませんでした。そしてなんとも歯痒かったのは上層部が事を荒立てたくないように隠蔽しようとしていた事。彼らにも若い頃には”正義感”がきちんとあった上で役所仕事についたのか、もしそうであれば、どの段階で何をきっかけに彼等は保身に走るようになってしまったのが気掛かりでありませんでした。

 内容と展開としては、物語を通して一人前の人間として自立していく牧野の成長と小野寺の頼れる先輩感が微笑ましく感じられました。特に冒頭でケースワーカーを辞めたいと言っていた牧野が最後に若林から「刑事にならないか」と言われた際にそれを断ったシーンは如実に彼女の心境の変化を表していました。

 個人的には山川はもっと早く事を公にするべきだったと思います。もちろん上司への忠義から彼なりに事を治めようとしていたのだと思いますが、あまりに浅はかすぎるというか。ヤクザ絡みの案件を取り扱いながらも自分が消された時を想定して動いてないのは愚鈍だなと思ってしまいました。

 

 ミステリーという形で、今の日本の社会問題を人々に知らしめるよい作品だなと思いました。なかなか普段は手に取る機会が少ないジャンルですが、今後も気が向いたら読んでいきたいなと思います。

 

 余談ですが、作品内で登場する「パレート」は働きアリの原理を世の中に知らしめた研究者です。僕個人的に、この原理はとても共感ができます。実際にある団体の中でその団体を象徴する行いをしているのは2割にすぎないという内容なのですが、皮肉にもその通りだなと。しかし同時に、8割の存在を無視すればさらにその縮小版として同じ現象が繰り返すというのはまさに世の中の真理ではないでしょうか。できる事なら自分は常に8割を生み出す2割の方にいたいなと願うばかりです。

 

(読了日2020・5・5)

 

表紙画像https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/91wmZNA7+jL.jpgから引用