鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:暗幕のゲルニカ

著者:原田マハ

出版社:新潮社

 

「たゆたえども沈まず」を読んで著者の作品に惹かれ手に取りました。その為に作品順としてはぐちゃぐちゃなのですが、いつものことなので許してください。

 ゲルニカは直接は目にしたことはないものの、WWIIが産んだ名作としてあまりに有名すぎるので知っていました。MoMAに関しては、在米時に何度か親と共にいったのと2年前にアメリカを一人旅していた時にもいったので、割と馴染みのある場所です。「たゆたえども沈まず」同様に、著者の描く世界に自分を連れてってくれるんだろうなぁと思いながら..

 

あらすじ 

 ストーリーは、現代:ニューヨークでMoMAのキュレーターとして働く八神瑤子の視点と、過去:第二次世界大戦目下でパリを中心に生活するピカソの恋人、ドラ・マールの視点が切り替わりながら進行します。

 八神瑤子は幼い頃にMoMAで出会った「ゲルニカ」の影響を受け、ピカソにのめり込んだ人生を送るアートキュレーターです。大学では博士論文をピカソについての研究をテーマにして書き上げた彼女は、NYのMoMAで働いており、夫のイーサンと共に多忙な、しかし何不自由ない生活を送っていました。

 しかしそんな日常が未曾有の大事件、「9・11」により破壊されてしまいます。揺らぎ、復讐とも取れるイラク侵攻を宣言するアメリカ。そして驚くべきことに、会見の場となった国連本部のロビーでは反戦の象徴とされる「ゲルニカ」がなくなっていました。世の中は、ピカソを指示するキュレーターであり夫をテロで失った瑤子が、アメリカの行為を容認する為に「ゲルニカ」を消したのではないかと懐疑の目を向けます。

 

感想

  また一つ、めちゃくちゃ面白い作品を読ませて貰ったなという感じがしました。正直なところラストシーンや、鳩の絵の経緯に関してはもう少しの説明や展開を記して欲しかったです。ですが、そこまででも十分にお腹いっぱいになるような教養と面白さが詰め込まれていました。

 まずは、物語の中のドラ・マールがいかに芯の強い女性だったかという事から始めたいと思います。彼女は自分がやりたい事をブレずにやり遂げる強さを持った女性でした。他のピカソの女同様に寵愛のみを受けたいという訳ではなく、世界を動かすような作品を産み続ける画家と同等のレベルで向き合いたいという思いを抱えていたと思います。そしてピカソが作品を描くことに対して時には本人以上に強くこだわりを見せ、どんな形であれ彼に協力を惜しみませんでした。最後は自分の自尊心を守る為として彼から離れるのですが、それもまたドラらしくて素敵だなと感じました。

 パルド・イグナシオに関しては、この物語の裏の主人公だと思えるくらいでした。彼は冒頭でドラに出会った頃から、世界有数のアートコレクターになるまでの成長が綴られた唯一の人物です。戦争で離れ離れになった恋人を嘆き悲しんでいた青年時代から、ピカソの理解者として「ゲルニカ」を守り続ける人物へと変貌を遂げていきました。こういう成長の話もいいですよね。

 そしてピカソ当人。ゲルニカ空爆を受けて戦争の愚かさを「ゲルニカ」と題した大作を描き上げました。しかし、空爆の被害国でもあった自国の人々にも完全には受け入れられず、ファシストの存在によってヨーロッパに留めることもできなかった事は本当に悔しかっただろうなと思います。そして皮肉にも、その国の為に描いたスペインは20世紀後半まで民主主義を手に入れられず、返還まで保管されていた国のアメリカでは21世紀最初の侵略行為を行ってしまう。ピカソがいきたいたら歯痒さでいっぱいでしょう。

 現代のミステリー部分に関しては正直まぁこんなもんかなという感じでした。瑤子やロックフェラーとイグナシオのやりとりであったりと展開はありますが、少し飛躍しすぎているというか。心理の動きをすっ飛ばして、最後に展開が逆転して「よかったね」感があるなぁと。この作品の本質はミステリーにある訳ではないので、そこまで著者も重視してる訳ではないと思うのであまり深追いはしませんが。

 

 「たゆたえども沈まず」同様に、何処からが筆者の創造でどこまでが真実なのか分からない程で、実際に自分がその場にいた様な気分になりました。後書きでルース・ロックフェラーとパルド・イグナシオが架空の人物と記されていましたが、実際に存在してもなんら疑わなかったと思います。それほどに著者の物語を書く力は絶大で、まるで魔法にかけられているかのように感じました。

 何故人々は愚かな行為とも知りながら戦争や殺戮を繰り返してしまうのか、考えきる事は難しい問題だと思います。しかし考える思考回路を持つ事で、未然に防げる惨事なんて沢山あると思わずにはいられません。やはり兵器ではなく「芸術」や「ペン」を武器に戦って欲しいものだなと思わずにはいられませんでした。

 

 著者の作品では女性主人公が圧倒的有能で、ガンガン物事を進めていく力強さを感じます。現代も過去も変わらない女性達の強さやしなやかさを思い知らされ、”少し怖いな”とも思いつつ(笑)、芯の強い女性って素敵だなと思いました。まぁ男女関係なしに生き様が格好いい人はやはり素敵です。

 冒頭のピカソの言葉「芸術は飾りではない。敵に立ち向かう為の武器なのだ」が強く印象に残り、まさしくそれを物語形式で体現した作品でした。今回も今回で、「ゲルニカ」をみたいという気持ちに包まれながら本を置きました。

 

(読了日2020・5・5)

 

表紙画像https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/81GLzckkCFL.jpgから引用