鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:マチネの終わりに

 

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著者:平野啓一郎

出版社:毎日新聞出版

 

 “マチネ(matinee)”はフランス語で、朝・午前のこと。 対義語は夕方、日が暮れた後の時間を表わす“ソワレ(soiree)”。 舞台興業、特にミュージカル、バレエ、オーケストラの公演などでよく使用される言葉。 劇場では昼公演をマチネ、夜公演をソワレと呼ぶ。

 だそうです。この本を読むまで聞いたこともなかったです(知識0)それはさておき、映画館に別作品を見に行った際に、予告でやっていて存在を知りました。もともと映像を見てしまった作品は想像の余地が狭まってしまうので読む事は少ないのですが、”福山さんやっぱかっけぇわ”と思って興味が湧いて、”史実ベース・芸術・恋愛”という大好きな要素が揃っていたので、いつもの丸善で購入。秒で読み切りました。

あらすじ

 蒔野聡史は幼い頃から神童と呼ばれ、30代後半に入ってますます勢いを増す稀代のクラシックギタリスト。豊かな表現力とその人間性から周りに人が絶える事もなく、人が渇望するような人生を送っていました。ある日の演奏会後、彼はレコード会社の担当者から友人の小峰洋子を紹介されます。

 小峰洋子はパリの通信社に勤務する記者で、主に戦地を取材する活動を行なっていました。聡明さ、美しさ、力強さを持った洋子に蒔野はすっかり心を奪われて行きます。そしてそれは洋子の方も例外ではなかったのですが、彼女には既にアメリカ人の婚約者が存在していました。

 それから暫くして、蒔野は突然スランプに陥り始めます。彼自身ある程度予期していたものでありながらも、舞台上で突然演奏が止まってしまうこともあるほどの深刻なものでした。時を同じくして、洋子は爆発テロを経験した事からPTSDの予兆が見られるようになって行きます。互いに自身の問題を隠しながらも連絡を取り続けていた二人は、蒔野がコンサートで欧州を訪れた際に再会を果たし、蒔野は洋子にプロポーズします。好意を抱きつつも、そんな事を思っても見なかった洋子は、婚約者もいるから返事は待って欲しいと伝えます。

 後日、洋子は彼女の出した結論と共に日本へ帰国することになるのですが、その頃蒔野は倒れた恩師の元に駆けつけている最中でした。そんな事を想像もしない洋子からの連絡を受けたのは、密かに蒔野に好意を寄せる秘書の早苗でした。

感想

 惹かれ合いながらも周りの人や環境に翻弄され続ける2人の物語。愛を前にした人間の脆さ、抗えない運命の儚さ、そして芸術の持ち得る美しさと力強さが存在しました。”大人の恋愛”がテーマとされていますが、蒔野も洋子も我儘さを持っており、時に互いや周りを振り回す事を厭わずに互いを求めました。そして二人とも自分の生活を捨てきれなかったが為、自分のプライドを守ったが為、彼らの人生はささいな運命の悪戯によりすれ違ってしまいました。

 大人ってそんな物なのかなぁと思いつつも、早苗の暴走ぶりの方が人らしいなぁと感じざるを得ませんでした。自分は失うものが大きい立場でもないし、何回しか会ったことのない人物に愛を見出すような経験もしていないので、実際自分が二人の立場にいたらどう振舞うかは想像できないです。それでも人生で出会った人の中で同じ人間は一人としておらず、その相手も次第に自分の人生から離れていってしまうかも知れないと思うと早苗の行動の方が当然じゃないかと。作品の中であるからこそ成立するロマンスだと思います。それを成立させる小tができるのが文学作品のとてつもない魅力なのですが。

 愛した人と結ばれない悲しさが最後のシーンは今後どうなるかを想像させるような終わり方でした。洋子は独り身でこうして蒔野の元を訪れ、蒔野にとっても洋子は唯一の心から愛した人。これから再度物語が動き出すのか、互いに良い友人として言葉を交わす関係性になるのかは運命のみぞ知るところでしょう。個人的には後者であって欲しいと願うばかりです。

 

 未来、現在、過去に関しての言及が多い中、頻繁に登場した「過去は捉え方次第でいくらでも変わる」という考えが素敵だなと思いました。事実として起きた事は変わらずとも、考え方次第で良くも悪くもなるという事はその通りだと思います。個人的に、過去を否定してしまう事は人間が自分自身にできる自殺に続く最大の暴力だと思います。もちろん全てを肯定する事は非常に難しいですが、自分の得てきた経験を財産として捉える事こそが重要なのではないでしょうか。

 

 僕が好きな作品ではよくある話なのですが、本作品内でも「戦争の愚かさ」と「芸術の崇高さ」が重要な要素になっていました。戦争による心身の乱れを芸術が国境を隔てる事なく癒していく、扱いやすい内容だとは思いますが、簡単に書ききれる内容ではないです。そして、本作品では、これでもかと言うほどに詰め込まれた教養や綺麗な文章表現も印象的でした。才能を、”神様が投げた紙飛行機”と表現したところなんて感服です。やっぱ芥川賞作家ってすごいな。

 平野啓一郎さんはデビュー作の「日触」で芥川賞を受賞された作家です。受賞した際の年齢はなんと23歳。”自分より年下で受賞してるやん”と思うと、結局自分は本を読むだけ読んで、感想を適当に書くてだけしかやってないんだと感じました。好きなテーマや表現をつらつらと並べる人間よりも、実際に書いてる人間の方が何倍も偉いと思います。こんな感じで刺激を受けたので、今年中に自分も短篇だろうが長編だろうが一作品仕上げたいなと書き始めるきっかけをくれた作家です。

 

(読了日2020・3・30)

 

表紙画像https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/31fcfVuUkUL._SX349_BO1,204,203,200_.jpgから引用