鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:革命前夜

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著者:須賀しのぶ

出版社:文藝春秋

 

 聖地・丸善御茶ノ水店で購入。確かその日は違う作品を探しに行ったのだけれど、(首都感染だったかな..)文庫コーナーで担当者イチオシ!のポップがあったので、興味が湧いて手に取って裏表紙読んでみたら、なんかもう好みにハマりそうな内容で...って感じで購入。案の定めちゃくちゃ良い作品だったので、3週間の時を経て紹介させていただきたいと思います。

あらすじ

 ベルリンの壁が存在した時代、1989年の東ドイツが舞台。主人公(眞山柊史)は自身のピアノの音の純化を求めて、ドレスデン音楽大学に留学します。彼に取って東ドイツはバッハの地であり、理想の音楽があると信じていた場所でした。しかし現地についた彼を待ち受けていたのは崩れかけの社会主義に統治され、灰色になった国でした。人々は、シュタージと呼ばれる秘密警察に怯えながらも社会主義からの開放を望み生活を営んでいるのでした。

 ドレスデンで生活する中で、彼は様々な友人と知り合います。ハンガリーからの留学生でヴァイオリンの天才のヴェンツェル、同じくヴァイオリン奏者のイェンツ、オルガン奏者のクリスタ、北朝鮮からの留学生で眞山と同じピアノ科の李英哲。音楽と対峙する物としての共通点を持ちながらも、彼らの思想や生き方は様々でした。東ドイツに馴染む者と開放を求める者、政治よりも友情よりも音楽を尊ぶ者。そんな彼らと共に日々を過ごす中、眞山は東欧民主化運動の渦に巻き込まれていくことになります。そして彼は、革命前夜を東ドイツの革命家達とともに迎え、怒涛のラストへと物語は進んでいきます。

感想

 多くの学びと、音楽の崇高さを感じることになった傑作でした。音楽という耳で楽しむ芸術を文で表現することはもの凄く難しいと思うのですが、そんな芸当が難なくやってのけられています。「蜜蜂と遠雷」を読んだ時と同じく、楽器の音色が聞こえてくるようでした。(実際に作中の作品を流しながら聞いていたのもありますが笑)

 この作品を読むまで、東西ドイツ時代の東側に関してはあまり知識がありませんでした。戦争で焼け野原になった美しい教会の多くがそのまま瓦礫として放置されていたこと。ドレスデンが絶えず燃やされる悪質な石炭から上がる薄暗い煙に包まれた街であったこと。社会主義表現の自由を奪い、芸術の幅を狭めてしまっていたこと。敗戦後の国の復興として日本のイメージが強かった分、そんなに差があったのかと感じました。改めて戦争の愚かさと浅はかさを学びました。

 しかしその中でも、芸術を破壊し尽くしことはできませんでした。東ドイツで生まれた音楽は、戦前から変わらず人々を魅了し続け、国境や人種など関係なく人を熱中させる力がありました。眞山と周囲の人々を結びつけたのも音楽でした。李と同じピアノ科でなければヴェンツェルとの出会いはなく。クリスタのオルガンの演奏を聞いていなければ眞山がクリスタを意識する事はなく、眞山がヴェンツェルと共にステージに登っていなければクリスタが眞山を知ることもありませんでした。彼らは常に音楽により繋がっていて、語り合い、互いを認めていました。これは言語やそれぞれの国民性の中に囚われていれば到底起こり得ない事ではないでしょうか。音楽は国境を越えるという事をまざまざと見せ付けてくれたようでした。最後のイェンツとのやりとりでも、それは同じように感じられました。社会主義の内と外、相容れない考えを持ち敵同士のような関係性でありながらも、音楽に対する憧れや音楽による妬みは政治的な言動や行動をも踏み越えてきたのです。こういった関係性を中心に、物語の随所から音楽の崇高さを感じ取ることができました。

 自分自身が音楽家でない事がより強い憧れを抱いた理由でもあると思いますが、作品を読むとどうしても言葉意外で世界と通じ合う手段を持った人々という者に魅了されてしまいます。小中でやっていた弦楽器や、高校から遊びで始めたギターとかをもっと真剣にやっておけば今見える世界も違ったのかとついつい考えたりしながら読んでいました。とはいえ逆に何もできないからこそ、音楽に対する意識よりも物語の面白さを享受できた気もしています。

 

 余談ですが、上記で触れたように音楽を取り扱った作品を読むときは登場する曲をプレイリストにして流しながら本を読んでいます。作品の世界により没頭できるだけでなく、この時代のこの場所ではこんな楽曲が好まれていたんだな等の発見もあるので凄くお勧めです。この作品で言えば、「バッハ平均律クラヴィーア曲集 第1巻」、「ラインベルガー オルガンソナタ11番第2楽章カンティレーナ」「ゴルトベルク変奏曲BWV 988」、「フィデリオ・囚人達の合唱」は是非聴きながら読んで欲しいです。(上からのようですが、自分も音楽知識は疎いので作品内の紹介のまま記しています。間違っていれば優しく訂正していただければ幸いです。)

 

(読了日2020・4・8)

 

表紙画像https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71baO18nGXL.jpgから引用