鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:東京百景

東京百景 (角川文庫) | 又吉 直樹 |本 | 通販 | Amazon

著者:又吉直樹

出版社:角川文庫

 

 又吉直樹さんの作品。東京百景初版の際は、又吉さんが作家である事すら気を留めていなかったと思う。それが、劇場、火花、夜を乗り越える、人間を読んだ事で一気に変わっていった。こんな美しい文章を書く彼は何を思っていきているのだろう。彼が東京に上京してから見てきた景色はどんな物だったのだろう。自分は大学生として東京に上京してきたが、少しでも重なる部分はあるのだろうかという気持ちが抑えられず手に取りました。表紙ののんさんもめちゃ可愛い、朗読の動画も見たのだけれど、自分も何か作品を書く未来があればこんな感じで読んで欲しいななんて思ったりしました。

 

感想

 知ってる場所であったり、自分も訪れたことのある場所が出てきました。おかげで読み進める中で彼が日常のどういったところに着眼点をおいているのかを自分と対比した上で読む事ができました。

 自分は彼の作品を含め、太宰のような文体や表現、思考が好きです。自分は達観しているぞといったダサさ、滲み出る孤独、とても魅力的に感じています。そういった文章に、時には酷く共感しながらどんどん読み進めていきました。又吉さんが友人達と繰り広げるやりとりには、自分は到底思いつかないような言葉や表現を孕んでいて、凄いなと脱帽する気持ちもありました。

 作品内にはやはり彼の小説の礎となった経験や場所が多く散りばめられています。又吉さんの書く小説は今のところ私小説のような物であると思うのですが、所々で「あ、これなんか読んだぞ」みたいな体験があり面白かったです。

 「ドブの底を這うような日々を送っていた」、とても印象的なセリフです。なかなか自分の過去に対して言い切るには難しいセリフです。今はある程度の成功を収めているから言えるんだとも思いますが...

 「七十六・池尻大橋の小さな部屋」は、彼がかつてともに過ごした女性が登場します。「劇場」で出てきた彼女のモデルでしょう。ナンパともいえない形で話しかけた女性は、彼と共に暮らす中で変わっていき、彼と似た価値観の元で生活するようになります。しかし、最後は東京を離れてしまいました。彼女が東京に対して恐れを抱くように変わっていったという内容は辛く感じました。作品内では真理は分からずじまいですが、彼と自分のもともとの生き方のどっちを取るかで板挟みになって潰れてしまったともとれますし、何か彼女なりの東京への夢や希望が打ち砕かれたのかも知れません。

 読み切った後には、「結局、人がどう感じているかなんて他者からはわからないよな。」という事を強く感じました。自分も人と相対するときには相手の感情や思考をできるだけ読み切ろうと努力し、深読みしすぎるなんて事もあるのですが、結局感情なんて本人しかわからないのです。人に囲まれても、理解してもらえない「孤独」を感じたり、側から見ると退屈な日々に「幸せ」を感じていたりする。それを無理に理解しようとし、裏に隠された感情を読み取ろうと猜疑心を持って人と接してしまうのも、人間(日本人特有かも知れないですが)の愚かさであり魅力的な部分であると思います。又吉さんの場合も猜疑心が故になかなか一歩が踏み出せない、必要以上に頑固になってしまう事が多く、「人間らしいなぁ」と思ったり、「太宰の影響強すぎんか」と思ったりしてほくそ笑みながら読んでいました。

 

 さて、上京して6年目になりますが、東京は夢で溢れる明るい街だと常々思います。人で溢れ、昼間も夜も光が絶える事なく人々を照らし、成功した物は富と名声を手に入れる事ができる。物理的にも精神的にも明るい場所です。しかし、よく言われるように光が存在するところには影があり、光が強ければ強いほど闇が深く濃く存在しているのも事実だと思っています。東京も例外ではありません。何も得る事ができなかった人には容赦無く、そして人知れぬところで押しつぶすように舞台からの退場を叩きつけてくるのです。その時、常に光に照らされ続けていた心が感じる暗さは、やはり計り知れないものでもあると思います。そして中には、明るくみせた外見とは反対に、とても暗い物を心に抱えて生きている人もそこら中にいる気がしてなりません。そういった意味では猜疑心を持ちながら生き続けるのも案外必要な事かもしれないと感じました。

 自分は今はまだ大学生で(もう大学生だけども)今後、まだ夢を見続けていく人間だと思っています。おそらくその為の努力もするでしょう。そして夢が叶わないと自分で悟り認めてしまった時は自分を悲観して、ドブの底にいるんだと思うのかも知れません。その中で、見る夢が潰えてしまう事があるのか、夢が潰えた時、果たして自分は生き続ける事ができるのだろうか。この先の自分の人生で、自分は何を起こして、何が起きていくのか、そして最後には大切な時間を過ごせていたと思えるのか、こういった考えを想起させてくれる作品でした。

 

(読了日2020・4・15)

 

表紙画像https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/81-07LlPhPL.jpgから引用