鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:流浪の月

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著者:凪良ゆう

出版社:東京創元社

 

 2020年本屋大賞受賞作。ノミネートされていたのは知っていたのですが、色々あって手に取るのが遅れてしまった作品です。発表当日はインターネットで配信見ていいて、発表から10秒でポチりました。現代社会だからこそ起こりうる出来事が展開していて、気づかされる事が多いです。アイスクリームでも食べながら読んで欲しい作品です。

 

あらすじ

 少女(家内更紗) は幼い頃に父親を無くし、母親は家から出て行ってしまいます。親戚の家に預けられた彼女は、それまで笑顔と好奇心を満たす出来事で溢れた生活から一変して我慢と取り繕いの生活に対峙していく日々が始まりました。

 彼女が友人達と遊んでいると、公園のベンチに座る奇妙な男(佐伯文)を目にします。周りの友人達が「ロリコン男」と呼ぶ中、しばらくの間は少女も見て見ぬふりをしていました。しかしある日彼女は、自ら彼の元へと向かうことになります。

 大学生の佐伯文は文字通り小児性愛者でした。しかし彼は更紗に手出しをせず拘束する事もなく、彼女の自由にさせ、むしろ色々と世話をする事も厭いませんでした。彼はそんな彼の元で、更紗は久しぶりに味わう開放感に満たされた日々を送ります。また、どうしても家に帰りたくない更紗にはそれなりの理由が存在しました。

 ですがそんな日々が長く続くわけもありませんでした。ふとした更紗のわがままが原因となり、彼女は親戚の家に連れて帰られてしまい、文は警察につかまってしまいます。小児性愛者による少女の誘拐事件として世間では取り上げられ、更紗はそれ以降「事件の少女」としての肩書きを押されることになりました。そんな物語が動き出すのは、12年の年月が流れ、彼女が成長して交際している彼氏(中瀬亮)との結婚の話が持ち上がってきた頃でした。

 

感想

 我々は想像以上に他者の事を知らず、人は自分の信じたい事を信じる。この一言に全ては尽きるのではないでしょうか。真実がいかであれ、事実は歪曲するのです。作品内では「ストックホルム症候群」として周囲の人々が主人公は嫌な記憶を捻じ曲げたとして使われていました。性的虐待など受けていないという更紗の主張も世間で認められることはなく、佐伯文はいつまでも幼い少女に手を出したロリコン男の絶対悪でした。悲しいことに、婚約者である亮でさえ彼女の主張を信じることはありませんでした。

 この言及はまさに現代社会における問題を的確に表現しているなと感心しました。我々も普段圧倒的な情報量の中で生活しています。その中から自分にとって都合の良い解釈やより面白く感じる事をピックアップしていきています。普段の会話であったり、メディアであっても同様です。

 そして電子化された情報はいつまでも振り切る事ができないという事も現代の特徴を的確に表していると思いました。デジタルタトゥーと言われるこの事柄は、常に更紗と文を追い詰めます。いくら真実が異なっていても、更紗が文に再び近づく事を決意しても、ネットの掲示板に事件が残り続ける事で彼女達はいつまで経っても世間にとって被害者と加害者の関係であり、佐伯文は小児性愛者なのです。

 そんな世の中に争い始める主人公を応援したくもなるも、主人公の弱さに怒りを覚える事も多くありました。警察で保護された際に真実を伝えられなかった弱さ、家庭内で義理の兄から性的虐待を受けていたと伝えられなかった弱さ、大人になった後も、要所要所で彼女は踏み出せず、周りを、自らを破滅へと進めてしまいます。口に出したくないことはわかるが、口に出さないと何も変わらないのに。彼女自身も自分の非を一見認めているようですが、それでも動かないことは結局仕方がないと彼女の中で諦め責任をぶん投げているようにも感じられました。何故そうなんだと常にもどかしさを抱えたまま読み進めつつも、そう読んでしまっている時点で周りの登場人物と同じかもしれないと、まだ自分では理解できていない彼女の真理だと悲しくも感じつつ読んでいました。

 報道の偏見、デジタルタトゥー、行き過ぎた教育など、今の社会を如実に表していて誰もが共感できる脅威がテーマであった事を暗に示しているのではないかと思います。我々のような一般の読者の目に多く触れることとなる本屋大賞としては、まさにピッタリの受賞作であり、圧巻の執筆力だと思いました。

 

 

(読了日2020・4・11)

 

表紙画像https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71fe7C7YhXL.jpgから引用