鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:未必のマクベス

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著者:早瀬耕

出版社:早川書房

 

 2020年4月の今、自分の紹介したい本の中の秘蔵っ子。ミステリーに見せかけたお洒落な恋愛小説です。元々の出会いはブックオフで「何か良い作品ないかな」と探していた時なのですが、ジャケ買いして大正解でした。シェイクスピアの四大悲劇の中の一つである「マクベス」。それをタイトルに持ってきて「未必」という言葉で修飾している。悲劇のなり損ないとはなんぞやという感じでページを開きました。(マクベスを知らない方でも作中で説明されてる為わかるようになってます。凄い!)

あらすじ

 主人公は中井優一という男でJプロトコルというIT企業の社員です。彼が出張でマカオに行った際、ホテルで出会った娼婦の言葉「あなは王になって旅を続けなければならない」によって物語が動き始めます。

 その後、彼は香港の子会社へと出向が命じられます。そこで彼はその子会社に対する違和感を抱き始めます。調査を続けていくと、本社には陰謀が存在し、彼が学生時代に恋心を寄せていた女性(鍋島冬香)が関わっていることに気付きます。

 彼は同僚であり友である高木と共に陰謀を止めるべく動き出していきます。

感想

 読んだのがほぼ半年前なので若干記憶も薄らいできてはいますが、最初の感想は「なんてお洒落な小説なんだ」でした。作品内では、中井がバーでダイエットコーラで作ったキューバ・リブレを飲むシーンが出てきますが、それを「フェイク・リバティ」と名付けるセンスだったり、中井と鍋島を繋ぐアナグラムのような遊びであったり、色々と芸が細かいというか。さり気ないところにお洒落さが散りばめられてました。

 肝心の内容に関してですが、なんといっても「マクベス」です。表題にしている以上、割と劇をなぞったストーリーになるのかなと予想していましたが、思った以上でした。なんならもう初っ端で娼婦に予言されています。これは「マクベス」でマクベスが魔女達から予言を受けるシーンのまんまです。でも混ぜ方が上手かった。主人公はもちろんマクベスに当たるポジションにいた訳ですが、その他のキャラクターも筋書きに忠実に、そして的確に配役をこなしています。

 そしてラスト間近での友の裏切り。それを受け入れる中井は、自分にとっては歯痒さでたまりませんでした。彼は筋書き通りに物事を運ぶ事を選ぼうとしていたのです。結果的に伴の死でその時点での決着はついたのですが、「いや、主人公ならもっと運命に争ってくれよ。筋書き通りに運ばせないのがお前の役目だろ」なんて思っていました。そんな願いが少し聞き入れられたのか、はたまたこういった反応を予想していたのか、主人公は最後に自分の身を挺して初恋の女性である冬香を守るのですが...

 悪い言い方をすると、主人公は己の運命に争うことを辞めたことをかっこよく見せているだけ、ともとれなくもないです。しかし彼の究極の目的が鍋島冬香を守ることであり、彼女の存在とその目的に対しては愚直であったことが彼を最後に強く魅き立てます。正直、「初恋って20年経ってもそんなもんなのか」と信じ難くもありますが、ここに対してはロマンチストにならざるを得ないですよね。実際中井の鍋島への思いは全く色あせていなかった訳で、自分も中学高校時代にそんな体験ができればよかったな、なんて思いました。

 総合的には、恋愛小説、それもかなりロマンチックな。長年の想いが成就するチャンスを得たはずが、同時に失う危機でもあった。そして最後は自分の身を挺してでも最愛の人を守り抜いた。愛する人の為に死ぬ、愛する人の為に自分が全てを失う、男にとってのロマンを感じさせてくれました。

 

 余談ですが、自分が早瀬さんの作品を読んだ時に感じたこととして、村上春樹作品にどことなく似ているなぁという印象を受けた。村上春樹の作品では、基本的に男主人公は受動的でどこか冷めた人生観をもっていることが多い。それはこの作品の中井も同じで、自分が死にそうになっていてもさほど命への執着だったり、自分の欲望という物を表面にあまり出すことがない、なんなら一人称で語られているのに読者もあまりわからない。さらに共通点として、そういった主人公を導く女性の圧倒的なスペックと寛容性が存在している。これは女性に対する憧れが一種似ているという表現が適しているのかも知れない。主人公を振り回し、引っ張って、そして主人公の不器用さを肯定的に解釈している。本作品においてはバーで酒を交えての語り合いだったり、ジャズの引用ならぬ劇の引用をしていたのでより顕著に感じた節はあるのだが、こういった共通点に、早瀬さんの作品にも惹かれる要因があったのだろうなぁと思います。

 

(読了日2019・9・26)

 

表紙画像https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41xexcUXXRL._SX343_BO1,204,203,200_.jpgから引用