鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:ザリガニの鳴くところ

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著者:ディリア・オーエンズ、友廣純訳

出版社:早川書房

原作:Where the Crawdads Sing

 

 この本も書店で見かけた際に、帯コメントを見て気になった本です。「2019年アメリカで一番売れた本」なんて書いてあったら手に取らずにはいられない。単純な性格でどうしようもないなと思いながら読み始めた本でした。アメリカの歴史を勉強していたこともあったので、割と背景はすんなりと頭に入ってきました。ですが、背景に関してより深い理解をしたい方は南北戦争付近の歴史にサラッと目を通して見るのをお勧めします。(アメリカの歴史自体を学ぶのもお勧めですよ)

あらすじ

 舞台は1950~70年代のアメリカ・ノースカロライナ州南北戦争において連合国側に加盟した11州の中では、最後の州であった物の奴隷制度支持者であった州です。舞台になるのは沿岸部の片田舎の湿地帯で、南北戦争から1世紀経った後でも黒人や貧乏人への差別意識が根強く残っていました。

 主人公となる”湿地の少女”(カイア)は、白人の中で最も下の階級である”白人貧乏”と呼ばれる家庭に属していました。そんな中、酒と暴力に溺れる父親の影響で幼い頃に家族をバラバラにされてしまいます。唯一父のもとに残った彼女にとっての味方は、彼女が人生を共にしてきた湿地でした。そんなカイアは幼いながらも自分が生き残るにはどうすれば良いかを必死に考え理不尽なまでもの逆境に晒されながらも成長していきます。

 歳月が過ぎたある日、村で一番の有名人(チェイス)が死体となって発見されます。そして現場の状況や村人の証言から、カイアが容疑者としてあがります。果たして本当に彼女がチェイスを殺した犯人なのか。彼女が歩んできた人生とは、

 

感想

 読み切った感想ですが、今年読んだ本の中で最も衝撃的な作品でした。差別社会の恐ろしさ、人間の浅はかさという内容が本質にあり、それを舞台となる湿地帯の生態を微細に表現しながら読者に語りかけてきました。自分も大学では生物系学んでいるのですが、本当に博識な著者だなと思ったら動物学で学士号、動物行動学では博士号とっているそうで、それだけでも凄い。笑

 内容に関しては、偏見という圧倒的な理不尽、人間の裏切りを生物の生き方が見事に対比的に書かれていました。生物は遺伝子に組み込まれた生き方をただ生きる、ある意味潔いとも取れる生き方をしています。それに対し、人間は策略し、裏切り、偏見の元に判断を下してしまう。それでも彼女には人間を諦めないで欲しい、どうか罪を犯したのは彼女であって欲しくないという願いを込めながらページを捲っていました。

 土手でのチェイスとの一見の後、彼女の口ずさんだアマンダ・ハミルトンの詩はそんな願いに対して嫌な予感をさせるものでした。そしてジャンピンからチェイスの死を通達されたあとの詩が、自分の期待を打ち砕きました。事実が、結末がどうであれ、彼女はチェイスを殺す決意ができていた、人間社会に馴染む事はもう諦めたのだと。そこから最後までは、どうか少しでも彼女に救いを差し伸べて欲しいという願いに変わって読み進めていました。

 湿地帯の生態の詳しさとその表現にも感銘を受けました。自分は湿地帯なんて行ったこともないのに(おそらく)まるで水草をかき分けながらボートにのって進んでいるような気分になり、かたわらでは鹿や鳥達が独自の生活を続けている情景が頭に浮かびました。

 また、この物語の重要な要素である身分差別についてです。テイトを差し置き困窮している幼い少女に対して進んで手を差し伸べたのは黒人家族のみであり、しかも彼らも人種差別の被害者側であるという地獄のような状態です。こんな救いのない世の中が過去には存在していたかと思うだけで胸が苦しめられました。自分は良い時代に生まれたなと同時に、今もなお差別が残る地域にはどうにかして救いの手を差し伸べることが運の良かった人々の使命でもあるのだと思います。

 本作品は500ページの中に、濃すぎる内容が詰め込まれた作品でした。これからも長く世の中に、人の心に残り続ける偉大な作品だと思います。

 

(読了日2020・4・26)

  

表紙画像:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71rsV9hcs5L.jpgから引用