鞄に入れたい次の本

読書が好きな大学生の備忘録。週に二、三回更新できれば御の字。今の自分に追いつくまでは読んだ時系列めちゃくちゃです。

書評:真夜中のすべての光(上・下)

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著者:富良野

出版社:講談社

 

 以前Twitterをパトロールしていた際に、表紙の帯のコメントが気になってから「読んでみたい」と思っていた本です。富良野さんの作品は一度も読んだ事がなかったのですが、帯の「最初の72ページで涙が出ました」という文言をみて、「短編集かな?」と思ったのですがどうやらそういう訳ではないみたいだったので、「なんぼのもんじゃい」的な好奇心がそそられ、本屋で手に取ると一目散にレジに向かっていきました。

 

あらすじ

 舞台は仮想現実や人工知能といった技術がもう少し発展した世の中。主人公は27歳にして掛け替えのない妻である皐月を失った男、御堂彰です。彰は妻の突然の訃報によって、急に世界に一人取り残された気持ちになります。鬱病の一歩手前となり、自死をも選び兼ねない状態だった彼は、ある日「PANDORA」という仮想現実リゾートのチラシを手に入れます。それはかつて、皐月と共に実験に携わった研究が発展した物でした。

 そんな中、彼は実験の際に参加者の人工人格が作り出されていた事を思い出します。仮想現実の中にはまだ皐月がいる。そこにいけば彼女に会えるのではないか、という期待の旅路は、過去の友人との再会によって思いもせぬ方向へと転がり、より大きな事件に巻き込まれていく事になっていきます。

 

感想

 本書の内容は仮想空間と人工知能(作品内では人工人格と表されています)を取り扱いながら、何処までも人間の感情に寄り添った作品でした。

 大切な物を失わない為には大切な物を作らなければいい。そう考える主人公が過去の出来事と決別し、自分が今現在持っている繋がりや支えに気づいていく姿は心を打たれました。時に人は理不尽な暴力や世の中に立ち向かっていかなければ行けません、そういった時に必要なのは些細なきっかけと諦めない心であるというメッセージが込められていたと思います。

 旧友との、家族出会いで事件を公にすべく動き始めた英一や研究者、主人公との会話によって自我を理解し始めたシーニュ、そして事件に立ち向かう事で皐月を失った悲しみから立ち直る彰。物語の主要人物は、誰もが「あきらめない」事で、PANDORAに立ち向かって行きました。

 

 この作品で良いなと思ったことは、敵の動きがほぼ明記されていない事が読み進める中で非常に強い不安感を抱く要因になった事です。研究機関のトップ層といった大きな表現はあるものの、具体的な同行や中心人物が誰かという描写は最後まで全くありません。それが、より一層敵の得体の知れなさを感じさせました。主人公視点で書かれた作品なので当たり前といえば当たり前ですが、得体のしれない圧力と戦わなければいけない時もあるという現実世界との親和性を感じました。

 

(読了日2020・4・25)